返却行脚

 展覧会が終わると、当たり前ながら、
借りたものを返しに行かなければならない。

 この商売を始めた頃は、モノに対する入れ込みが強すぎて、
   お返しする=別れる、
のが辛く感じるような時もあった。

 何年も経るうちに、
慣れからか、そのような感覚は無くなって来た。

 そんなことは、
もとより、当たり前のことだが、
返却の車の中で昔のことを思い出していた。

 最近、何故か昔のことをよく思い出す。
とある人と頻繁にメールを交わすようになったことが
原因であろうか。

 遠因は、昨春の1960年代の展覧会にあるようだが...。

 それにしても、返却は、お借りする時の煩雑さや緊張感を考えると、
あまりにあっけない。
 考古のものは余計にそうである。
 それだけに、ふと気が付くと
 「終わった」ことの寂寥感が増してくる。

 今回は、前日に奈良に泊まって、
久しぶりに馴染みの店に挨拶してまわる。
 ×らに、梁山泊に、最後に、と...

 もともと、T俊哉先生のなじみの店で、
その関係で出入りを許された店である。
 女将は、もと奈良一番の芸者さんで、興が乗れば三味も、
端唄なんかも聞かせてくれる。
 踊りの会の写真を見せてもらうと、
まさに化けるとはこのこと。花も恥らう乙女がそこにいる。
これらは、みなご本人の談である。
 また、ここに来ると、東大寺の情報が手に入る。
 もともと、奈良町では、その時期になれば、
東大寺の内局の人事が口の端にのぼる。
 ましてや、その内局の面々が出入りする店である。
詳細で正確な情報が入る。だからと言って悪用の使用も無い。
奈良町では、彼らは公人なのだ。
 また、女将の話が、殊の外興味深い。道を究めた人の話は面白い。

 そして、いつものように、ほろ酔い加減で、定宿のS観荘へ向かう。
ここは、昔、奈良一番の料亭で、お客とたくさんの芸者さんたちでたいそう華やかだったと言う。http://homepage2.nifty.com/K-Ohno/a-map/Nara/3653-SK-hotel/03-SK.htm
 ×ちの女将が子供の頃に見聞きした昔話によるとたいそう華やかだったそうである。
往時に、思いを馳せながら、今は静かながらに充分に当時の雰囲気を伝える部屋に泊まり、自販機で買ったビールを口に寝るのであるが、
 これが、小さな頃から
空想壁のある私にとって、至福の時である。

 ここに泊まり、中庭を見ていると、
いつも、夢の中に「千と千尋の...」世界があらわれそうな気がしながら...
飲みすぎて朝までぐっすりなのである。