文化と技術

 昨今、団塊の世代の大量定年を迎えて、各所で技術の伝承が問題とされている。職人技の微妙な感と技は、マニアルで...とはいかないからである。

 こういった報道をよく聞くようになって、数年前、外務省の捕鯨に関するシンポジウムに招かれて行った時のことを思い出した。基調講演のトップは、正義とは何か、というものであった。
 IWCは、もともと捕鯨産業の秩序ある発展を実現するための国連機関であった。1946年に設立されたIWCは、70年代まで加盟国は17カ国前後で、多くは自国の捕鯨産業を保護したい捕鯨国で構成されていた。だが1971年、アメリカのニクソン大統領は、ベトナム戦争の泥沼化で高まった反政府世論をかわすため、クジラやイルカの保護を重要な政策として打ち出し、捕鯨ベトナム枯葉剤の身代わりにされることとなった。

 これに環境保護の面からイギリスが協力し、世界中の英連邦諸国が次々とIWCに招き入れられた。スイスのように海のない内陸国捕鯨に反対する目的で入ってくることとなった。その結果、加盟国は80年代には40カ国を超え、大半が捕鯨に批判的な国々になり、82年には商業捕鯨を禁止する決議(モラトリアム決議)がIWCで多数決採択され、86年から禁止が実施された。

 これに反対したのは、日本やノルウェーアイスランドなど、40年代からIWCに加盟していた捕鯨国で、南氷洋など遠洋で大型のクジラを獲る捕鯨が中心であった。新規に加盟した国々の多くは、近海で小型のクジラを獲ることが捕鯨の主流で、それは禁止とはならなかった。

 IWCでの決議は、異議申し立てをすれば、従わなくてもよい決まりであった。日本はノルウェーとともに異議を申し立てたが、アメリカから圧力によって撤回させられてしまった。日本の漁船はアメリカの200海里水域内で漁をさせてもらっていたが、異議を撤回しない限り、その漁獲枠を削るというのである。クジラと引き換えに確保した、この漁業権とて今は失くしているのはご存知のところであろう。ノルウェーは異議申し立てを維持して93年に捕鯨を再開。アイスランドはIWCを92年に脱退した。
 日本は主要捕鯨国で唯一、モラトリアムによる直接の影響を受けている国となった。
 アメリカなどでは、捕鯨は日本人の「残虐性」を象徴するものとして、反日感情を煽るための道具として使われた。80年代の日本は高度経済成長を成し遂げ、アメリカの自動車や家電産業は、日本企業に負けて崩壊の危機に瀕した。そのためアメリカ政府の内部では、日本を仮想敵国視する論調が出始め、対日感情が悪化した。車と捕鯨は、その象徴とされたのである。

 この一連の出来事が、シンポジウムの基調報告のトップが正義に関わる内容であることの背景である。

 小学校の給食に出てくるクジラは、決して美味しいものではなかったが、長じてから口にしたシロナガスの尾の身の刺身はトロよりも美味しかったのを覚えている。しかし、私が捕鯨に賛成するのはそれが理由ではない。
 今捕鯨が制限されている状況下で海では何が起こっているのか。捕鯨に制限をかけた所謂オリンピック方式によって、大きなクジラ=シロナガスから獲られていったため、シロナガスは確実に生存の危機に瀕した。
 では、現在はどうであるか。依然としてシロナガスは増えていないという。その原因は捕鯨の制限によるピンククジラの大量増加である。
 ミンクとシロナガスは生息域を同じくしていて、大量なエサを必要とするシロナガスの減少によってミンクにとって豊富なエサの存在する海域が出来上がった。そこで、ミンクは大量増加し、しかもエサが豊富であるため、生殖年齢も下がって、ますます増える。この繰り返しで、シロナガスが正常に増加するほどのエサがなくなっているという。つまり、ミンクを間引かなければ、本当に生存の危機にあるシロナガスが増えないのである。こんなことを支持している国が環境保護とは笑止である。

 まだまだある。北極圏を取り巻く寒冷域にのみ生息。遊泳速度が遅く、良質の油とひげ板を産するため、欧米人によって何世紀にもわたって捕獲され、19世紀には激減したホッキョクセミクジラ。このクジラは現在でも資源状態は極めて悪いが、アメリカは、アラスカのイヌイットに対し、原住民生存捕鯨の名で認められている。カナダやロシアでも少数捕獲されている。
 また、グリンピースという環境保護団体は、もう絶滅が確実視されている揚子江カワイルカやインダスカワイルカに対しては何も物申さない。理由はお金にならないからである。

 日本人の捕鯨の技術は、世界で屈指のものであるという。大海原の中でクジラを見つけ出す、それを捕獲して、捨てるところ無く利用する。一連の技術は今調査捕鯨によってどうにか確保されている。しかし風前の灯である。この技術が失われる時、それはシロナガスの絶滅の時に繋がるであろう。