〔この国の領土〕15

 以前、この国の領土を調べていながら、自分も含めてこの国の国民は「この国」のことについて何て無知で、知らないことばかりなのかと感じてしまった。領土という点からみて、この国がいつ出来たのか?どこからどこまでがこの国の領土で、何時その領土が成立してきたのか。どこまでを認めうるのか?たいへんに難しい問題が山のようにある。
 その上、われわれの国境の感覚は、地続きで国境をもつ世界中の殆どの国ほど繊細ではない。何となく海が世界とを区分けしていて、普段の生活の中には国境を意識することも無い。であるから、地続きの国境も海上の国境も持ち合わせる国等からみれば自ずと意識に差が出てきてしまうのであろう。そのような意味からして、どれだけの日本人がこの「日本」のことを知っているのだろうか。どれだけの日本人がこの国が海洋国家であるということを意識しているのだろうか。
 教育の中でも、このことを正確に教えることは皆無に近い。この国が歩んできた道・歴史を正確に教え、現在この国が対外的に抱えている問題点についても理解させることが必要である。
 歴史上、日本人が海を意識せず、近海だけにしか意識が行かなくなったのは直接には江戸幕府鎖国政策によるのであろうが、それは庶民のことであって江戸幕府は自体は世界のかなりの情報を入手していた。そして、それを一元管理していたのである。そのような中でも、民間の中からも領海の問題を取り上げる論者が輩出し、種々の意見が見受けられるのである。ただ、幕府の崩壊と共にその蓄積がどうなったかはよくは分からないが、その後は開国したわが国へ訪れる各国から直接入手することが出来るようになった。
 明治政府においても、国は領海に対して目を向け、それを維持しうるような国家を造り上げるために邁進したのである。行き過ぎたその先に悲劇を迎えたが、あの時代にこの国が独立を保ったまま進んでいく中では歴史の必然であったといえよう。
 では、現代はどうであろうか。当然のことながら、国は領海に対して意識も向け、海上保安庁は日々努力を怠らない。しかし、何と言っても予算が少なすぎる。われわれ国民がきちんとした意識を持ち、この海の状況を理解し、予算が認められる下地が醸造される環境を造っていかなければならないのではないだろうか。そのためには、政府は、国民に対して、この国を取り巻く様々な情報をどれだけ提供しているのだろうか。その姿勢から問い直されなければならない。日本における歴史教育を批判する外国政府があるが、それらのどれもが当を得たものではないが、政府も国民も何となく気後れさせられているのではないだろうか。歴史認識というものは、その国の民族性や文化、宗教といった要素に歴史事実が積み重ねられ、それらが複雑に絡み合い、影響しあって形成されるものであり、はじめから諸外国とも歴史認識には違いがあって当たり前である。ただ、歴史事実を曲げることには問題がある。日本の場合、諸外国よりも歴史事実の正確さは確かである。どこかの国のように、政権が変わるたびに歴史事実や考え方が変わるような国ではない。わが国は、わが国の歩んできた道を、歴史事実をありのままに教えれば良いのであって、他国からの干渉などに配慮する必要はない。わが国を海とともに生きる海洋国家であると認識し、きちんとした判断を国民が出来るよう教育するため、正確で多面的な情報を政府が配信する必要があるのではないだろうか。
 また、縦割りの弊害をなくすこと。それは、海上保安庁海上自衛隊の連携である。予算も限られている中、それぞれに連携がないのが何と言っても歯痒いばかりである。両者が連携をとるには時間がかかる。政府自体も、海上の問題に自衛隊を出動させるに躊躇があるようだ。であるならば、海上保安庁にその部分の予算を回し、人員増加すればよい。このあたり、海に対する政策が欠如しているように思われる。今、世界では、海は治安維持や軍事力ではなく国際法に則った海上警察力の方にシフトしてきている。わが国もその方向を模索し始めなければならないのではないだろうか。
 わが国は、宇宙開発などに力を入れるのではなく、海洋開発にこそ目を向けていかなければならない。これまでのメンツに拘ってロケットを造り続けることの愚を思わなければならないのではないか。わが国がロケット産業に乗り出すには残念ながら時間が掛かり過ぎた。このことは、またどこかで触れることとして、ともかくも日本の場合は海洋開発が急務の時期に来ているのである。しかし、その中核たる海洋研究開発機構はその他の機関と同様に独立行政法人化されているのである。http://www.jamstec.go.jp/
 政府は、国家にとって必要なものが何かという意識が少なすぎるのではないだろうか。警察の一部業務を民間委託してもよいだろう。しかし、警察自体を独立行政法人化するだろうか。一体、自衛隊独立行政法人化することがあるだろうか。ともかくも国の意識程度が知れて、薄ら寒くなるばかりである。